記憶

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  だいぶんとタイムラグができてしまいましたが、ゴールデンウィークに撮った藤の花の写真をアップしていこうかと。 毎年、気付いたら藤の花の時期が終わってしまっていて、今年こそは撮ろうと思っていた花。 ちょうどゴールデンウィークくらいがピークだったんだってことも今年ようやく把握。 毎年この時期にはいろいろな予定が入ってしまって、だから撮り逃し続けてたのかーと、納得。

 久々に藤の花に囲まれると、優しい軽やかな甘い香りがして、そうだー、こんな香りだった!ってことを思い出した。 藤の花がこんなにいい香りだったってことすら、すっかり忘れてた。 この香り、知ってる。 香りに結びついていろんな記憶が手繰り寄せられてくる。 藤。小学校の校庭や、近所の公園に藤棚があって、公園で走り回った後に心地良く吹いてきた風と、そんな風に揺られる藤の花と漂う香り。 そういえばあの頃は、花の後にできる細長く硬いさやを割って、種を手にするのが楽しみだったような・・・。 碁石くらいの平たく丸いちょっと光沢のある黒っぽい種だったかなぁ?  

 香りと共に、忘れていたことが、とっくに記憶から抜け落ちていたと思っていたことが、突然鮮明に脳裏に浮かび上がってくることに、驚く。

 藤の花は、儚いようで、たなびき方が自由奔放にも見えて、そして淡い藤色のグラデーションは、魅惑的。 花を久々に近くで見て、あー、マメ科の植物だったっていう基本的なことを思い出したり。

 記憶には目次がないから、なかなか自由に引き出してくることができない。 そんな扱いに関する自由度の低さはちょっと不便だけど、思いがけないくらいに鮮明に細かくしまいこまれている。 意識的に結び付けはできないとしても、保管されている膨大な記憶は、自分のさまざまな判断に少なからず影響を及ぼしているんだろう。 なんか不思議。

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by artandact | 2010-05-25 00:22 | 感覚