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 通勤ラッシュ時急ぐ人の話、第2弾。 今朝のは危なかった!! 駅のエスカレーターを私もそこそこ急ぎ足で下っていたのだけど、後ろからすごい足音が近付いて来てるなーと思いきや、突如奇声と共に背後から衝撃が・・・。 一瞬フラッとしてあわやのところで手すりを掴んでなんとか持ちこたえた感じ。 なにしろ通勤時はたいがいお気に入り7cmヒールなので、しばらくバランスが危なっかしかったところをなんとか体勢が落ち着くのを待って後ろを振り返ると、エスカレーター下方へむけて万歳をするような格好で転んでいる人が。 私もとっさに自分の身を守る防衛本能が第一に働いたようで、そして瞬時に、将棋倒しになったら大変!ってことが頭をよぎったりもして、そんな事態になる寸前だったことに、ある種放心状態とでもいうのか、ともかくはちょうどきた電車に乗り込んでようやく一息ついた。 冷静になってから、転んだ人が起き上がるの手助けすべきだったかなぁと思ったんだけど、エスカレーターは変わらず一定の速度で動き続けているし、あの時点ではそんな気持ちのゆとりは全くなく、考えてみたら、ぶつかってごめんなさいと言われても良いくらいのところで。 ・・・痛いなと思ったら、どこかに膝をぶつけてたようで痣ができてることに今頃気付いた。

 ご高齢の方々も、階段は昇りより下りが大変とおっしゃったりするけれど、下りって重力にも引っ張られて、結構危険だと思う。 いやーほんとこわかった。 転んでしまったのは気の毒な気もするけど、そういう危険があることを考慮せずにエスカレーターを暴走していた自業自得っていう気もしなくもない(背後で起こったことなので、どうなって転んだのかは定かではないが)。 それも、いくら急いでいたとしても人を巻き込む可能性がある状況であることへの認識も必要だと思う。 でも、前方にいた二人組が、急ぐ人が歩く右側(関西では左側ですねー。)を塞いでしまっていて、そこから流れが停滞し始めていたのもその人がリズムを崩してしまった一因となったんではないかという気もする。 朝のラッシュ時に道をふさいだりするのやめてほしい、って私もちょっと思ってしまってたんだけど、特に、朝の京葉線は、急いでいる通勤者とディズニーランドに遊びに向かう呑気な人々が混在しているので、そのあたりの温度差がすごくある。 異なった流れが交わる部分は危険をはらんでいるなと常々思う。 テンションは異なっても共通のルールはみんなが守ってくれなくては困るし、互いに周囲への配慮みたいなものも忘れてはいけないところだなと思う。 

 そんなこんなで、今日は朝から恐い思いをした。 やはり、慌てて周囲が見えなくなるのは良くないし、そんな状況に陥らないように、朝の移動はもう少々時間のゆとりを持てるようにしたいものだと改めて思った。 

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by artandact | 2010-05-31 23:59 | 日常

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 最近デザイン系の本をいろいろと探して読んでいて、著書もたくさんあったけど、記述としてもよくお名前を見かけるのが原研哉氏。 松屋銀座店のリニューアルや、無印良品の広告などを手がけられていたりと、これまで特別な興味を持たずに日常何気なく見てきたものが、デザイナーさんの仕事によって生み出された完成形なんだと思うと、街中を歩く楽しみが増えた。 買い物時の紙袋一つにしても、綿密に考えられてデザインされたものだと知ると、なんか、捨ててしまうのが惜しくなってしまい。。

 はたまた、『たった1分で人生が変わる 片づけの習慣』 というような本も読んだばかりで。 使わないものを捨てるという決断は、人生で自分が何を大事にしていきたいかという決断と同じことだというような内容で。

 ものが溢れている時代。 素敵なものは、それこそ山ほどあって。 いろんなものを知ることも体感することも大切だけど、確かにうまく取捨選択していかないとたくさんの物や情報に埋もれて身動きできなくなってしまいそうな気がする。 
 
 近年、そこそこ物を捨てられるようになってきた方なんだけど、素敵なものに出会うとつい所有欲が刺激されてしまう。 興味の幅が広がってくるとなおさら。 自分が必要なものは何かというような、自分の軸をもう一度見直してみようかなと思わされた次第です。

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by artandact | 2010-05-31 00:48 | 心境



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 松坂屋といえば、地元のローカルな百貨店だった。 もうずいぶん前にその店舗は閉店になってしまったんだったように思うけど、それなりに思い出があり、地元を離れてしまって行くことはほとんど無いにしても、馴染みだった場所が変わってしまったのはちょっと残念だった。

 かといって、銀座松坂屋のように、ファストファッションの店舗が入ると全然違う空間になってしまう。 FOREVER 21。 オープンから1ヵ月もたてばもう落ち着いてるだろうと、ちょっと立ち寄ってみた。 

 色彩感覚もBGMも、デパートの他の店舗からそこだけカラーが完全に違う。 デパートと言えば未だに高級感というイメージを持っているので、ちょっと違和感を感じてしまう。 安いです。 学生時代にこんなショップがあったら、もっとおしゃれしてみたりしてたかもしれないなー、と思ったり。 舞台衣装にお手頃だ!って思ったり。 

 で、結局¥250 のタンクトップだけ購入。 夏場何枚あっても困らないしということと、まあ、インナーならいっかと思って。 これだけ同じ商品がハンガーにつられていると、着てたら街中で同じものを着ている人とすれ違ったりしそう・・・って思ったり。 さすがにこの歳で、、、って大人の見栄がちょっと邪魔してしまったり。 夏場なら多少いいかなー。 ま、TPOによるかなとは思うけど、近年やはり、生地のしっかりとした手触りや光沢の良いものとか、良いものを大事に長くというのがいいかなと思っていたりもして。 まあ、不況のご時世、うまく使い分けて取り入れていくと、かなりお財布には優しいです。

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鑑賞メモ

『2010年日本写真協会賞受賞作品展』

●東京写真月間2010「森はふるさと」
-生物多様性の恵み-
『樹海』:大山行男
@富士フイルムフォトサロン

富士山。
素敵な表情がたくさんで、
またまた惹きつけられた。
最近、富士山が気になる。

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by artandact | 2010-05-30 00:31 | 日常
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 目の前を一人の欧米人が、携帯電話で話しながらかなりの勢いで通りすぎた。 すごい手振りのオーバーアクションつきで。  電話なのにそんなに動きつきなんだということがちょっと面白くって。

 そういえば、日本人は電話に向かってお辞儀をするという通説があるけれど、確かに私もお辞儀、してると思う。 ありがとうございます―おじぎ。 よろしくお願いいたします―おじぎ。 それでは、失礼いたします―おじぎ。・・・ 言葉と動きが連動してる。

 言葉に動作が伴うのは心、感情がこもっている現れだなと思う。 ありがとうございます。 これをまっすぐ立ったまま言おうとすると、とっても棒読みになる。 ありがとうございます。 お辞儀をしながら言うと、なんだかしっくりくる。

 実際どちらが先なんだろうって考えると、言葉よりも身体表現が発生としては先なんじゃないかなと思う。 シュチュエーションにもよるだろうけど、言葉と身体表現が一つになって、「意味」をより強く形成するんだなと思った。 たとえ電話の向こうの相手に見えてはいなくても、空気の微妙な振動などで想いがより感じられるんじゃないだろうか。

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by artandact | 2010-05-29 00:33 | 感覚
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 通勤ラッシュの時間帯、よくもこれだけの人が電車という箱の中に入っていたものだとびっくりするくらい、次から次へと開いたドアから人が溢れ出してくる。 そして、改札口ヘ向けての流れがつくられる。

 駅の階段は左側通行で、階段上や頭上に書かれた矢印によって、昇る人側と降りる人側に分けられているけれど、その境の柵が、5:2くらいの不均等な幅割になっていたりする。だいたいなんとなく、その幅に従った流れができているのだけど、今日はどうにも、5側に2側の流れが大きくはみだして、半々くらいの流れになっていた。 

 川の流れと同じで、一度そのようなルートが作られると、どんどんそちらに流れが入りこんでくるようになる。 そしてもはや、はみ出しているという意識もなく当たり前のように、さらにはもっと進出してきそうな勢い。 いつもより幅がせばめられてしまった側は、移動の全体量がダウンして、なかなか進めない感じになってしまう。 

 日によってこの流れのボリュームの変化があるのがちょっと面白い。 先頭を切る人にどれだけ勢いがあったかってことなのかなー。 先頭を切るのはなかなかパワーがいる。 誰かがやると、それに続けとばかりに大胆な行動に出る人が増える。 ラッシュの時間帯、混んでいて進まないことにいらいらしても仕方がないので、人間観察をしているとなんかいろんな習性が感じられて面白かったりする。 人は急いでいると、結構地が出てしまうのかもしれない。 周りが見えなくなってしまっているだけってことでもあるけど。

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by artandact | 2010-05-28 00:22 | 日常
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 全然知らない分野のことって、外から見えるほんの少しの情報だけが判断材料になってしまって、何が面白いのかということまで見えないうちに興味から排除されていたりする。

 実際にそれに携わっている人に話を聞いて、なるほど、そういうところが面白いんだ。っていうことがわかると、まったく見え方が違ってくる。

 知らないことに向かって少し興味を持ってみる。 知らないことを少し学ぼうと思ってみる。 先入観や思い込みを一度無くしてみる。

 知らないところに、きっと、おもしろいことがまだまだ潜んでいるに違いない。

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by artandact | 2010-05-26 23:56 | 日常
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 空港はその空間だけが独立したひとつの国のようだ。 日常から切り放されたスペース。 滑走路の脇には、緑の草が平和にそよいでいて、その向こうには海が見える。 すべてのしがらみから解放されているかのように思えてしまうのだけど、実は離着陸の誘導のためにたくさんの電波や指令が飛び交う緊迫したフィールドがその裏にあるのだと思うと不思議。

 以前、管制官の友人が、すっごく神経が刷り減る仕事だと言っていた。 何百、何千の人の命を預かっている仕事。 何事もないことが当たり前。 一つでもなにかしらのアクシデントが起こると、これでもかというくらいの非難を浴びる。

 何でも、当たり前を保つためにも沢山の努力がなされているのだけど、残念ながらそこはなかなか評価されない部分。 当たり前のことだからこそ真剣に見つめて、当たり前がどう保たれているのかということをちゃんと認識しておくってことが大切だなと思う。 きっと、当たり前が崩れてしまうとすごい混乱を招くんだろうなと思うから。


上空から撮った富士山。 
新幹線から見るよりも突出感が圧倒的で、
改めて、雄大さを実感。
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by artandact | 2010-05-25 23:48 | 心境
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  だいぶんとタイムラグができてしまいましたが、ゴールデンウィークに撮った藤の花の写真をアップしていこうかと。 毎年、気付いたら藤の花の時期が終わってしまっていて、今年こそは撮ろうと思っていた花。 ちょうどゴールデンウィークくらいがピークだったんだってことも今年ようやく把握。 毎年この時期にはいろいろな予定が入ってしまって、だから撮り逃し続けてたのかーと、納得。

 久々に藤の花に囲まれると、優しい軽やかな甘い香りがして、そうだー、こんな香りだった!ってことを思い出した。 藤の花がこんなにいい香りだったってことすら、すっかり忘れてた。 この香り、知ってる。 香りに結びついていろんな記憶が手繰り寄せられてくる。 藤。小学校の校庭や、近所の公園に藤棚があって、公園で走り回った後に心地良く吹いてきた風と、そんな風に揺られる藤の花と漂う香り。 そういえばあの頃は、花の後にできる細長く硬いさやを割って、種を手にするのが楽しみだったような・・・。 碁石くらいの平たく丸いちょっと光沢のある黒っぽい種だったかなぁ?  

 香りと共に、忘れていたことが、とっくに記憶から抜け落ちていたと思っていたことが、突然鮮明に脳裏に浮かび上がってくることに、驚く。

 藤の花は、儚いようで、たなびき方が自由奔放にも見えて、そして淡い藤色のグラデーションは、魅惑的。 花を久々に近くで見て、あー、マメ科の植物だったっていう基本的なことを思い出したり。

 記憶には目次がないから、なかなか自由に引き出してくることができない。 そんな扱いに関する自由度の低さはちょっと不便だけど、思いがけないくらいに鮮明に細かくしまいこまれている。 意識的に結び付けはできないとしても、保管されている膨大な記憶は、自分のさまざまな判断に少なからず影響を及ぼしているんだろう。 なんか不思議。

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by artandact | 2010-05-25 00:22 | 感覚



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 ニ胡を習い始めてから半年以上たちました。 徐々に手が楽器になじんできたかなーという感じ。 当初は慣れなくて、気合いを入れて楽器をケースから出していたけど、最近、楽器を持つとなんかほっとする。 先日、一時的に自分のでは無い楽器を持ったら、重量感とか、棹部分の持ち具合とか、弓のカーブの具合とか、なんか微妙に異なって感じられ。 楽器って、一つ一つ違うんだなーってことを実感。 初めて楽器を持たせてもらった頃は、どう持っていいのか力の入れ具合すらわからなかったから、どれが持ちやすいのか、どうだと弾きやすいのかもよくわからなかったのだけど、ちょっとわかってくると楽器に対する感覚もこうやって変わってくるんだなってことが、なんか楽しかった。

 これまで触ったことのある楽器で、ピアノは鍵盤の触った感じとか弾く時の力加減とか、音の響き具合などが一台一台異なるということは実感するところではあったけど、自分で持ち運ぶということはまずないから、楽器に対してそこまで思い入れを持っていなかった。 フルートは、口当たりの感じとか、やはりキーの押さえ具合や響き方に違いはあるけど、同じ音域の楽器である限り形状はそこまで変わらないから、楽器が変わることによって気分の変化はあったけど、持った時の感覚にはほぼ違和感がなかったように思う。 だから、今回同じニ胡という楽器なのに、「わっ、違う。」って思った感覚がなかなか新鮮で。

 木製だからかな。 木の持っている温かみとか、微妙な反りなど、金属よりも木の個性が生きてる感じがする。 そう思うと、楽器への愛着というか、楽器の個性ともっと仲良くなりたいなと思ったりして。 と同時に、もっと突き詰めていこうと思ったら、これぞ!という楽器にいつか出会うのかもしれないなとも思ったり。 まあ、まだまだ全然こっちから楽器を選べるレベルではないので、まずは、ようやく慣れてきた今の楽器で心地良い音楽を生み出せるように、もっと練習、やらなきゃな~。 ただただニ胡を弾きたいという想いに素直に。

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by artandact | 2010-05-24 00:19 | 音楽
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 ちょっと懐かしい。 下北沢ギャラリーGeki。 その2階は劇場で。 トレロカモミロ展開催時、ギャラリーで談笑していると、突然ミシミシと頭上で階段をぞくぞく人が降りてくる足音が聞こえ出し、公演が終わったんだなーって。 そして、一つの建物の中で、自分が劇場ではなくギャラリーにいるんだっていうことになんとなく違和感を感じたりして。
 
 今日は、そんな建物の劇場階へ。 この劇場に入るのは初めて。 ギャラリーの頭上はこういう空間だったのかー。 公演中の劇団の役者さんの写真展を階下のギャラリーで同時開催、なんてのも面白いかもなーなんて思いながら。 舞台の世界に引き込まれていく。

座キューピーマジック
第53回公演『大きな銀杏の樹の下の小さな泉』

@下北沢「劇」小劇場

 小川華ちゃん出演。 彼女が日々たくさんのことを感じ考えながら活動しているのをブログでも読んでいて、そして、今日また舞台で一段と凛とした存在感を放つ彼女を観ることができて、やっぱり素敵だなって思った。 彼女は、目標に向かって、そして、人に対してもまっすぐで、一緒に活動しているとちょっとぶつかっちゃったりもするんだけど(笑)、それは私がその想いについていけてなかったんだなって思ったりもして。 物事に対する姿勢とか捉え方とか、見習わないとって思うことがたくさんある。 悩んだり落ち込んだり、そんなあまりにも人間らしいところも魅力で、今回の役はそんな彼女ならではの表現だなって思った。 役柄の設定はもちろんあるけど、それを演じる役者さんの持っているものがやっぱりにじみ出る。

 人間性。 それは、その時一瞬につくろえるものではない。 普段いかに生きているか。 舞台だけじゃなくって、写真でも同じ。 にじみ出てくる気配。 そこがおもしろくもあり、こわくもある。

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